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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)13809号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金一一〇万円及びこれに対する昭和六一年一〇月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、朝日新聞、読売新聞及び毎日新聞の各全国版朝刊一面出版規格縦三段横六分の一のスペース一枠に別紙第一目録記載の版下原稿による広告を各一回掲載せよ。

2  被告は、別紙第五目録記載の各図書館に対し、別紙第二目録記載の文書及び別紙第四目録記載版下原稿により作成した付箋を各一回送付せよ。

3  被告はその発行にかかる雑誌「フライデー」の表紙裏面全面に別紙第三目録記載の版下原稿による文書を一回掲載し、付箋送付の申出をなした者に対し、別紙第四目録記載版下原稿により作成した付箋を送付せよ。

4  被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一〇月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

6  1項ないし4項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (肖像権侵害行為)

(一) 被告は事業として雑誌「フライデー」(以下「フライデー」という。)の編集発行を行なっており、須川真(以下「須川」という。)はフライデーの編集者としてその職務を担当していた者、小原玲(以下「小原」という。)は被告の使用するカメラマンであった者である。

(二) 須川とその支配下にあるフライデー編集部員は、昭和六一年九月二一日から同年一〇月三日までの間のいずれかの時期に、小原に対し、原告の容貌・姿態を写真撮影するよう指示した。

(三) 小原は、同年一〇月三日の日没後、原告宅(当時、以下同じ。)南側路上において、原告宅との境界にある高さ一・七五メートルのコンクリート塀の上もしくはその近くにカメラを設置し、暗がりから原告宅一階のダイニングキッチンをのぞき見て、原告の容貌・姿態を撮影する機会をうかがい、夕食の準備をしていた原告の容姿を、その了解を得ることなくひそかに撮影した。

(四) 原告は、翌一〇月四日、被告の契約記者である伊藤徳美(以下「伊藤」という。)の訪問を受け、前日、写真を撮った旨告げられたので、同月六日、代理人の古川景一弁護士を介して被告に対し、原告を撮影した写真をフライデーに掲載することは肖像権の侵害となるので中止するよう書面で通知した。

(五) ところが、須川は原告からの事前の警告にもかかわらず、フライデーの編集人として、右小原の撮影にかかる原告の容姿の写真(以下「本件写真」という。)を「噂の女性」との見出しのもとにフライデー昭和六一年一〇月二四日号(以下「本件フライデー」という。)七ページに掲載し、同月九日から書籍小売店などで販売、頒布し、これを一般公衆に広く公表した。

2  (肖像権に基づく妨害排除及び妨害予防請求権)

原告は、肖像権、すなわち、その承諾なくみだりにその容貌・姿態を撮影されない権利及び無断で撮影された写真を出版物に掲載するなどの方法により公表されない権利を有する。

(一) 回収広告掲載請求

被告が公表頒布した本件フライデーは未だに市中に存在し、一般公衆が目にすることができる状態にあり、原告の肖像権に対する侵害状態は継続している。

本件フライデーはその大部分が不特定多数の国民の手にわたっており、その所持者を特定のうえ全部を回収することは事実上困難であるが、原告の肖像権に対する侵害状態を排除するために、一般公衆に対する広告を実施することにより、その回収への協力を求め、任意にこれに応じた者から本件写真を回収することは十分可能であり、侵害行為者である被告は右措置を実施する義務を負う。

(二) 図書館に対する通知及び付箋の送付請求

本件フライデーは全国の主要な図書館に収蔵されており、一般市民の閲覧の用に供されているため、原告の肖像権の侵害状態が将来にわたり継続するとともに、本件写真が原告の肖像権を害する違法なものであることを知らない第三者によって、引用その他の方法により再利用される危険も予想されるところである。

したがって、被告には、原告の肖像権に対する侵害を排除し、将来の侵害を予防するため、本件写真が掲載されている本件フライデー七ページに、本件写真が原告の肖像権を侵害して撮影、公表された違法なものであることを明記した付箋を貼付し、これを閲覧、利用しようとする者に対しその違法性を告知するよう、各図書館に対し右付箋を送付のうえ通知、要請する義務がある。これは図書館の使命が文化的財産である書籍を保存し、後世に伝えることにあるため、本件フライデーの回収を要請することが不適切であることを勘案のうえ、原告の肖像権の保護との両立を図った必要最小限の措置にすぎない。

3  (被告の不法行為責任)

フライデーの編集者として雑誌の編集の任にあたる須川及び写真撮影の指示を受けた小原は、原告の肖像権を侵害しないよう注意を払うべき義務を負っているにも拘らず、これを怠り本件写真撮影ないし掲載に及んだものである。特に掲載行為については、前記のとおり原告から事前に警告を受けていたにも拘らず、敢えてこれを行なったのであるから、故意に基づく肖像権の侵害行為と見るべきである。

被告は須川及び小原の使用者として、両名の右不法行為につき損害賠償の責任を負う。

4  (原告の損害)

(一) 原告は、政治家のように公共的利害に直接関与する地位にもなければ、芸能人のように自己の容貌などを公表することにより生活を立てている者でもないため、友人、知人などの交際範囲外の第三者からは特別な関心を払われることのない、平穏な生活を営んでいる未婚の女性であった。

ところが、前記の本件写真掲載行為により顔写真が公衆に広く頒布された結果、世間からの好奇の目にさらされ、著しい困惑を強いられるなどの精神的打撃を被った。

また、原告は、本件写真撮影当時、原告宅に母及び姉と共に女性三人で居住していたのであり、夜間住居内を高さ一・七メートルの塀の上からのぞかれていたことを知ったときの恐怖感は測り知れないものであった。

他方、被告は、原告の容貌・姿態を撮影した写真をフライデーに掲載すれば、多くの部数を販売して利益をあげることができるという商業主義的動機のもと故意に肖像権侵害行為に及んだものであるうえ、東京法務局人権擁護部が本件写真の掲載後に行なった勧告に対しても、これに従う意思のないことを表明するなど、将来も本件写真撮影・掲載行為と同様のことを反復する意図を示しているのであって、その違法性は極めて高い。

被告の右違法性をも勘案すれば、原告の前記の精神的損害の慰藉のために支払われるべき金額は二〇〇万円が相当である。

(二) 原告は、本件訴訟手続を原告代理人弁護士古川景一に委任し、手数料と報酬を支払うことを約したが、右費用のうち一〇〇万円については被告の前記不法行為と相当因果関係があり、被告において負担すべきものである。

5  よって、原告は被告に対し、人格権である肖像権に基づく妨害排除及び予防請求として請求の趣旨1の広告の掲載、同2の文書及び付箋の送付並びに同3の文書の掲載及び付箋の送付を求めるとともに、民法七一五条、七〇九条に基づく損害賠償として金三〇〇万円及び右不法行為の日より後である昭和六一年一〇月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)、(二)の事実はいずれも認める。

同1(三)のうち、原告主張の日時に、小原が原告宅一階のダイニングキッチン内の原告の容姿の撮影を行なった事実は認めるが、その余の事実は否認する。

同1(四)、(五)の事実はいずれも認める。

2  原告が請求原因2(一)、(二)の各請求権を有するとの主張は争う。

本件写真掲載以降も、原告の肖像はその同意のもとマスコミによって度々公表されているのであるから、仮に原告に対し公衆の注視、関心が不当に集中されることがあっても、本件写真がもたらしたものとはいえない。したがって、本件写真掲載によって引き起こされた排除されるべき肖像権の侵害状態は存在しない。

3  同3は争う。

被告のフライデー編集部は、違法性がないとの確信にたって本件写真の掲載を行なったものである。

4  同4(一)のうち、原告が本件写真撮影当時、未婚の女性であり、原告宅に母及び姉と共に女性三人で居住していた事実は認め、本件写真掲載行為により原告が世間からの好奇の目にさらされた事実及び被告の本件写真の撮影・掲載の動機は否認する。その余の事実は知らない。

原告が政治家や芸能人と区別され、まったくの私人として扱われるべきであるとの主張、被告の違法性が極めて高いとの主張及び被告が慰藉料を支払うべきであるとの主張は争う。

同4(二)のうち、原告が本件訴訟手続を原告代理人に委任し、手数料と報酬を支払うことを約したとの事実は知らず、右費用を被告において負担すべきものとする主張は争う。

三  被告の主張

本件写真の撮影及び掲載は、公共の利害に関する事実の報道目的のもとになされたものであり、以下の事情を総合すると、いずれも違法性を欠くものである。

1  (本件記事の内容)

本件フライデーにおいて、本件写真は、「別れた『夫人』もすすめた『いい関係』、井上ひさし氏が語った『噂の女性』との真実」と題された記事と一体となって掲載されている。

右の記事は、原告を井上ひさしの再婚相手たる女性として扱い、井上ひさしの離婚、再婚問題の報道の経緯、井上ひさしと原告との交際の事実を摘示し、原告の人物像を紹介、報道するものである。

井上ひさしの離婚、再婚問題及びその再婚相手である原告の人物像に関する事実は、以下に述べる井上ひさしの社会的地位及び活動並びにこれを取り巻くマスコミの報道状況に照らせば、単なる一文化人の私事と評し得ない性質を有するものであり、文化的社会的意義のある公共の関心事であって、公共の利害に関する事実である。

2  (井上ひさしと原告に関する報道状況)

(一) 井上ひさしは、我が国における最も著名な文学者の一人として知られ、その社会的活動、文化的発言、執筆内容などを通じ、広く社会的影響力、文化的発言力を及ぼし得る立場にあった。また同人の著述活動においては、家庭論に言及するものも多いうえ、井上好子とともに劇団こまつ座を創設するなど、夫婦共に文化人として活躍していたことから、その在り方が、国民各層において、理想的な男女関係として注目され、広く共感と支持を受けてきた。

(二) ところが、昭和六〇年一一月、井上好子の不貞、別居により、井上ひさし・好子の夫婦関係は破綻し、昭和六一年六月両名は離婚するに至った。井上ひさしは、同月二五日、右離婚の事実を記者会見で公表し、各方面に衝撃を与えた。これに対し、各マスコミは、離婚後の井上ひさし・好子両名が今後いかなる生き方を選択し、文芸活動を行なっていくのかということに注目しており、井上好子に関しては、離婚の原因となった西舘督夫と同居を継続しており、待婚期間経過後の再婚が予想されることを報道していたが、井上ひさしに関しては、井上好子の一方的かつ奔放な行動の犠牲者として同情を受ける立場にあり、専ら被害者として報道していた。

(三) こうした中で、昭和六一年九月二一日付スポーツニッポン紙が井上ひさしの再婚問題・再婚相手について口火を切る形で取り上げ、原告の生年月日、家系、学歴、職歴などを摘示のうえ、「知的で、大柄で髪を長くたらし、自分の意見をはっきりというタイプの女性」とする記事を掲載したが、右報道は離婚後わずか三か月後のことであったため、再び国民に衝撃を与えるとともに、井上ひさしがいかなる女性をいかなる経緯で選択し、いかなる男女関係を作り上げているのかという点に関心が集った。

さらに、サンデー毎日誌同月三〇日発売号が、「井上ひさし氏再婚劇の舞台裏」と題し、「語学と仕事ぶりは男まさり」「鳥取を代表する旧家の″翔んでる女″?」という小見出しと共に、原告の経歴、家庭環境、人となりについて詳細な摘示をなした四ページの記事を掲載し、原告に関する情報が細部に至るまで公表された。さらに、フォーカス誌同年一〇月三日発売号が「美人とまではいえないけど、気さくで活発な人で、お父さんの選挙の時などは宣伝カーに乗って堂々と演説していた」という「近所の評判」を摘示した記事を掲載した。これらの記事には一体となる形で原告の肖像写真も掲載されていた。

(四) こうした報道に対して、井上ひさしは、同年九月二九日、文書によるコメントをマスコミ各社宛に発表し、原告との関係を一部公表するとともに、原告の人物像に向けられた関心に答える趣旨で、「料理の名人が作った高野豆腐の煮付けのような女性です。噛みしめると人間としての魅力があっと驚くほどに口中に溢れてくる。」などと述べて、その人となりを表現した。右コメントは井上ひさしの側から原告の横顔を開示したものということができるが、甚だ文学的かつ抽象的なものであって、原告の人物像の実相に対する社会的関心をいやがおうにも高めるものであった。

3(編集部の対応と本件報道の目的)

被告のフライデー編集部は、井上ひさしと井上好子との関係の推移、井上ひさしの今後の生き方、執筆、文芸活動の在り方を取材対象としてきたが、井上ひさしの再婚問題が前記のとおり公然化し、一般の関心が再婚の有無と再婚相手に向けられていった状況を踏まえ、これに応えるために取材を進め、その結果に基づき再婚相手たる原告の人物像を紹介し、再婚に向けての実情を報ずる目的をもって、本件報道に至った。

すなわち、井上ひさしに極めて近い立場の者及び井上ひさしが執筆活動に使用しているホテルの関係者に対して取材を行ない、井上ひさしと原告との交際状況に関する具体的な情報収集を行ない、原告が選挙の応援を行なったという上田耕一郎参議院議員に対しても、原告の人物像についての取材を行なった。右取材の結果、井上ひさしと原告との交際が再婚を前提としたものであることが認められたが、原告の肖像写真の入手が困難だったので、編集部は原告に対して本人取材を試み、併せて原告の肖像写真を撮影するためカメラマン小原を原告宅に派遣し、本件写真の撮影を行なったうえ、前記記事とともにその掲載に至ったものである。

4  (本件写真撮影及び掲載の必要性・相当性)

(一) 原告の人物像を具体化するという本件記事の報道目的に照らせば、活字による記事のみではその表現力・読者に対するアピールに自ずと限界があるから、これと一体となって表現を補強し補充するものとして、報道の対象となっている原告の肖像写真の掲載が必要不可欠なものである。

なお、本件写真撮影以前に他のマスコミで公表されていた原告の肖像写真はいずれも古いものであり、原告において一切マスコミの取材を避けていた事情もあって、原告の現在の姿を写した肖像写真の入手は極めて困難な状況にあって、本件写真は貴重なものでもあった。

(二) 本件写真の映像内容は、原告が台所において料理をしている横顔を捉えたものに過ぎず、決して原告に嫌悪感や羞恥心を抱かせたり、その社会的評価を落としめたりするものではなく、その掲載は、料理家である原告の人物像紹介という報道目的に沿った相当性を有するものである。

また本件写真の撮影は、日常的な通行、歩行の用に供されている公開された場所から、敢えて背伸びをすることなく佇立した通常の姿勢、視点において眺望できる範囲内で行なわれたものであって、特殊な機材などを使用しておらず、その方法においても相当性を有するものである。

(三) 原告は本件報道に先立って、昭和六一年九月四日付赤旗紙に署名記事とともに肖像写真を掲載するなど、その社会的活動を通じて自ら公衆にその肖像を公開しており、さらに井上ひさしとの再婚問題に関する他のマスコミの前記報道によって、古い写真ではあるが原告の肖像は既に大々的に公衆に紹介されており、原告の肖像的利益は一定の限度で放棄ないし喪失されていたとみるべきである。

四  被告の主張に対する認否・反論

1  被告の主張1のうち、井上ひさしの離婚、再婚問題及びその再婚相手である原告の人物像に関する事実が公共の利害に関するものであるとの主張は争う。

2  同2(一)の事実は認める。

ただし、井上ひさし・好子夫妻の在り方が国民に影響を及ぼしたのは、両名の文学・創作活動の結果であって、私生活の公表もしくはこれらの第三者の暴露の結果によるものではない。

同2(二)のうち、井上ひさし・好子の別居・離婚に至る経緯、井上ひさしが右離婚の事実を記者会見で公表した事実及び離婚後の井上好子に関する報道状況については認め、その余の事実は知らない。

同2(三)のうち、スポーツニッポン紙の報道が国民に衝撃を与え、井上ひさしがいかなる女性をいかなる経緯で選択し、いかなる男女関係を作り上げているのかという点に関心が集ったとの事実は否認し、その余の事実は認める。

同2(四)のうち、井上ひさしが原告について文書によるコメントを発表した事実は認める。右コメントが社会的関心を高めたとする点は知らない。

3  同3のうち、フライデー編集部が原告に対して取材を試みた事実は認め、その余の事実は知らない。

4  同4(一)のうち、他のマスコミで公表されていた原告の肖像写真がいずれも古いものであった事実、原告において一切マスコミの取材を避けていた事実は認め、その余の主張は争う。

同4(二)のうち、本件写真の撮影場所、撮影態様については否認し、その余の主張は争う。

同4(三)のうち、昭和六一年九月四日付赤旗紙に署名記事とともに原告の肖像写真が掲載された事実は認め、その余の主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

⑩ 一 請求原因1(一)、(二)、(四)、(五)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

右争いにない事実に、〈証拠〉を総合すれば本件写真撮影の態様、本件写真の掲載に至る経緯は以下のとおりであることが認められる。

1  昭和六一年九月二一日付のスポーツニッポン紙に井上ひさしと原告との再婚が予想されるという趣旨の記事が掲載されたのを契機に、同日中に新聞・雑誌・テレビの記者・カメラマンが原告宅に多数おしかけ、取材を試みた(この中にはフライデーの記者も含まれていた。)。原告は、その際、在宅していたものの取材に応じる意思がなかったことから、家族から記者らに対し、原告は現在在宅していない旨告げられたが、記者らはそれ以降数日間にわたって原告宅周囲に待機して取材の機会をうかがっていた。原告は、記者の取材を避けたいために自宅から外出できなかったが、同月二六日ころにはいったん機会をみて自宅を出て、同月三〇日まで外泊を続けた後、再び自宅に戻った。この間、原告は、友人の小森陽一を通じて、改めて取材に応じる意思のないことを公にし、また母とともに、報道機関の取材活動により通常の生活を送れない状態を強いられることに対する不満とこれに対する救済を求めて、東京法務局人権擁護部に訴え出ていた。

2  被告の社員でフライデー編集部(以下「編集部」という。)に所属する増子昌也(以下「増子」という。)は、編集次長の風呂中斉(以下「風呂中」という。)の了解を得て(なお、原告を取材の対象とするという方針は須川と風呂中との間で以前に決定済であった。)、昭和六一年一〇月三日午後二時ころ、同編集部にほぼ専属する形で写真撮影に従事していた小原に対し、原告宅に赴いて原告に対する取材及び写真撮影を行うよう指示をした。小原はこれを受けて直ちに原告宅に行き、午後五時過ぎころまで原告宅周囲で待機していたが、従前の対応状況から積極的に原告が取材に応じてくれないことが分かっていたため、原告宅の家人に直接取材の申込を行うことはせず、原告が帰宅してくるか、あるいは外出するのを待ち、屋外で写真撮影する機会をうかがっていたものの、原告は現れず、目的を果たすことができなかった。

3  ところで、原告宅は一戸建ての住宅であり、南側は株式会社リコーの社宅の敷地であるが、幅約五メートルの通路であって、原告宅敷地との境界には高さ約一・七五メートルのコンクリート塀が設置されており、原告宅の南側庭には右塀沿いにこれを大きく越える高さの庭木が生い茂っている。また西側は幅約四メートルの通路で、原告宅敷地との境界には金属製の格子状の柵が設置されている。そして、原告宅一階のダイニングキッチンは、観音開きのガラス扉によって南側庭に面しており、右コンクリート塀からの距離は約五・二メートルである。

4  小原は、あたりが暗くなり戸外での写真撮影が困難になったことから、取材を切り上げようと考えたが、念のため原告が在宅していないか確認しようと、原告宅西側通路に立って金属製の柵越しに建物方向に目を向けたところ、原告宅一階のダイニングキッチン内に女性がいるのを認めた。そこで、さらに内部の状況を確認するため西側通路から南側通路に移動すると、料理の準備をしている女性が見えたので、コンクリート塀の塀際まで接近し、室内への視界が庭木によって遮られない位置から、かかとをあげた背伸びの姿勢をとって塀越しにカメラを構え、ダイニングキッチン内の写真を数枚撮影した。

小原は(同人の身長は一七八センチメートル、同人の目の高さは地面から概ね一七一センチメートルである。)、前記コンクリート塀の塀際において通常の佇立した姿勢ではダイニングキッチン内の人物を顔から上半身に至るまでカメラで捉えることが困難であったことから、前記の姿勢により本件写真の撮影にのぞんだものである。また当時、あたりはかなり暗くなっていたが、増感現像を利用して周囲の明るさの不足を補うことを念頭におき、ストロボを使用することなく撮影したため、小原の行為は被写体となった原告から終始気付かれることがなかった。

5  こうして撮影された一連の写真は直ちに編集部に持ちかえって現像されたが、撮影が夜間戸外から塀越しに行なわれ、室内の被写体となった者がこれに気付いていないであろうことは、これらの写真の映像から一見して明らかであり、小原からもその旨の報告がなされた。そこで、同日中に須川、風呂中、増子の間でこれらの写真が検討され、フライデーへの掲載を前提として被写体が原告であるか否かの確認作業にあたることになり、伊藤が、翌四日、原告宅を訪れ本件写真の被写体の確認を試みたが、応対した原告の母からこれを拒否され、同日原告宅に架電したところ、原告自身から当該写真の掲載を拒絶する意思を伝えられ、その確認も拒否された。

原告は右の経過から、自己の写真が無断で撮影されており、それがフライデーに掲載される可能性があることを危惧し、古川景一弁護士に相談の上、同弁護士を介し、同月六日、被告に内容証明郵便によってその掲載を承諾する意思のないことを通知した。これを受けて編集部も顧問である的場徹弁護士を介して原告と交渉するところとなり、同弁護士から、代わりの写真の提供を受けそれをフライデーに掲載したい旨の申し出も行われたが、原告に容れられるに至らなかった。

他方、須川は、本件写真が原告の容姿を撮影したものであることが別途確認できたため、本件フライデーの発売日にあわせ、翌七日にはその掲載を最終的に決定した。こうして、本件フライデーは広く販売・頒布されるに至ったが、その実売部数は一五〇万部前後であった。

6  本件写真は、ダイニングキッチン内において、うつむいた姿勢で料理の準備をする原告の横顔とほぼ上半身全体を半開きのガラス窓と網戸越しに捉えたものであるが、本件フライデーにはこれが一ページ全体を使って掲載されており、見開きで一体となった記事には請求原因1(五)の見出しのほか、原告が井上ひさしの再婚相手として噂されていることとともに、原告の氏名、年令、職業など身上に関する詳細な事実も記載されている。

〈証拠〉中には、伊藤が原告に対し、写真の内容について確認を試みた際、原告の態度は必ずしも本件写真の掲載を拒絶するようなものではなかったとする部分があるが、原告本人の反対趣旨の供述に照らして採用できず、他に右認定に反する証拠はない。

二 ところで、人が自己の容貌・姿態をその意に反して撮影され、広く公表された場合、羞恥、困惑などの不快な感情を強いられ、精神的平穏が害される結果を招くことは、通常予想されるから、こうした不利益を受けないことは個人の人格的利益として法的保護の対象とされるベきである。殊に人が自己の居宅内において、他人の視線から遮断され、社会的緊張から解放された形で個人の自由な私生活を営むことは、人格的利益として何よりも尊重されなければならないから、居宅内における容貌・姿態を第三者が無断で写真撮影し、広く公表することは、被撮影者に一層大きな精神的苦痛を与えるものであり、不法行為を構成することはいうまでもないところである。これを本件についてみると、前記のとおり本件写真は、夕刻、相当程度の高さのある塀の外側から撮影者が背伸びをした姿勢で、居宅の一室であるダイニングキッチン内の原告の姿態を被写体として、原告から気付かれないままに撮影を敢行してできあがったものであり、しかも、それが原告の容貌・姿態を捉えたものであると容易に判明するような形で承諾なしに多数の発行部数を有する雑誌に掲載されたものであるから、その撮影及び掲載はともに原告の人格的利益を侵害する行為とみざるを得ない。

三 そこで、被告が主張する違法性阻却事由の有無について判断する。個人の肖像写真の撮影及び出版物への掲載により人格的利益が侵害された場合の違法性の判断においては、表現、報道の自由との適正な調整を図る必要があり、当該写真の撮影及びその掲載が、公共の利害に関する事実の報道に必要な手段として公益を図る目的のもとに行われたものか否か、仮にそうだとしても、当該写真の内容、撮影手段及び方法が右報道目的からみて必要性・相当性を有するか否か、という観点から検討しなければならない。

ところで、被告が公共の利害に関する事実と主張するものの内容は、要するに、井上ひさしは社会的影響力を有する著名な文学者であって、同人の著作には家庭論に関するものが多く、離婚前は夫婦揃って文化人として活躍していたところ、同人の離婚、その後の再婚の有無、再婚相手とされていた原告の人物像にマスコミの報道が集中し、社会的関心も高まっている状況にあった、というものである。

しかしながら、井上ひさしの社会的、文学的活動が被告主張のとおりのものであったとしても、その将来の再婚相手としてマスコミに取り沙汰されていた者にすぎない原告個人の肖像自体は井上ひさしの社会的、文学的活動、これらについての論評とは関わりがないというべきであり、被告の主張する前記事情をもって、違法性を阻却するに足りる公共の利害に関する事実であるとは解し難い。また、マスコミの報道の集中、社会的関心の存在は公共の利害に関する事実に該当することを直ちに根拠づけるものではない。しかも、前記認定のとおり、本件写真撮影は、これに応じない意思が原告において明白であるのに、夕刻、戸外から塀越しに原告の居宅内をひそかにのぞき見るような形態で行われているのであって、常軌を逸したものというほかなく、違法性阻却の余地はないものといわなければならない。

なお、被告は、本件写真の映像内容が原告の社会的評価を低下をさせるものではないこと、原告の肖像が既に公表されていたことから、本件写真の掲載行為が相当性を有するものであると主張する。しかし、本件請求は、名誉棄損とは異なり、社会的評価の低下が要件となるものではないし、その容貌・姿態を過去に公表されたことがある者について、その後の異なった機会に行われる無承諾の写真撮影及びその公表まで受忍しなければならない理由はないから、いずれも違法性阻却の事由として斟酌すべきものと解することはできない。

四 被告の責任及び原告の被った損害について判断する。

1  須川は雑誌の編集者としてみだりに個人の容貌・姿態を捉えた写真を雑誌に掲載しその人格的利益を侵害することのないよう、小原はカメラマンとして密かに他人の居宅内をのぞき見るような方法での写真撮影をし、私生活、住居の平穏を侵害しないよう、それぞれ注意すべき義務を負っているものというべきであるが、両名はこの義務に違反し敢えて本件写真の掲載・撮影行為に及んだものであって、右の所為がいずれも違法性を有し、不法行為を構成することは、既に判断したとおりである。そして、須川及び小原が被告の被用者ないしはその指揮・監督に服する立場にあり、右不法行為が被告の出版事業の執行について行われたことは前記認定の経過から明らかであるから、これによって原告の被った損害について、被告は民法七一五条一項に基づき賠償の責を負うべきである。

2  本件写真の公表が原告の明示の意思に反し敢えて行われたものであること、また写真の撮影方法及び写真の内容がひそかに住居内の私生活をのぞき見たものであったことに照らすと、原告にとって、単純な無承諾の容貌・姿態の撮影・公表行為が行なわれた場合以上に、著しい不快感を抱かせたものであると認められることのほか、本件にあらわれた一切の事情を総合すると、原告に生じた精神的損害を慰謝するための金額としては一〇〇万円が相当である。

3  原告が本件訴訟手続を原告代理人古川景一に委任し、手数料と報酬の支払を約したことは、弁論の全趣旨から明らかであるところ、本件はその性質にかんがみると訴訟手続を弁護士に委任することが相当な事案であると認められるから、右認定の慰謝料の額に照らして一〇万円の弁護士費用を相当な損害額と認めることができる。

五 次に、原告が求める肖像権に基づく妨害排除及び予防のための各措置の当否について判断する。

原告は、本件フライデー回収の協力依頼等の広告掲載、全国の主要図書館に対する本件写真の閲覧利用者への警告を内容とする付箋及びその貼付を依頼する文書の送付を求めるものである。

なるほど、本件フライデーが現在もなお市中にあり、本件写真が他人の目に触れる状態にある限り、将来にわたって原告の精神的平穏を害する結果を招くことも予想できないではない。

しかしながら、本件フライデーは不特定多数の読者、その他第三者の手に行きわたることで、既に被告の管理支配下から離れているのであり、被告が本件フライデーの回収、付箋貼付を実現しようにも、第三者に対しこれを求め得る権利関係にはなく、その任意の履行に期待する他はない。しかも、本件フライデーのような週刊誌は、その性格上、一般読者において読後長期間保存することは通常多くないものと推測され、仮に原告の求めるような措置がなされても、一般読者が回収に応じる可能性は現実的には低いものといわざるを得ない。また、各図書館に対し前記措置がとられたとしても、各図書館がどのような対応をとるのかも不確定なものにとどまる(なお、〈証拠〉によれば、各新聞社が、過去の誤報記事に関し、私人のプライバシー侵害を招いてしまったことを理由として、本件請求に類似した付箋の送付及び右記事への付箋の貼付依頼を全国の主要図書館に対して行ない、一部図書館もこれを受けて実際に付箋貼付を実施している事例の存することが認められる。しかし、右の措置は各新聞社が自主的に実施し、一部図書館がこれに個別に対応したものに過ぎず、〈証拠〉によれば、こうした出版物への付箋貼付に関して如何なる対応をとるべきかについては、各図書館の側において、未だ議論の残るところであり、統一的な取扱について確定をみるに至っていないことが認められるのである。)。

右のとおり、原告の肖像が他人の目に触れる事態を排除、予防する方法として、原告の求める措置は、甚だ不確実で実効性に欠けるものといわざるを得ないのであって、法的救済方法として適切かつ相当なものとはいい難い。

したがって、本件においては未だ原告に前記のような措置を求める権利を認めることは困難といわなければならず、原告主張の将来にわたる不利益は金銭賠償額の決定にあたり斟酌することをもって足りるものというべきである。

六 以上によれば、本訴請求は不法行為に基づく慰謝料及び弁護士費用の合計一一〇万円並びにこれに対する不法行為の日より後である昭和六一年一〇月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石垣君雄 裁判官 高野伸 裁判官 吉田 徹)

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